お茶の水女子大学から競艇選手へ
『中村かなえ』選手はあの『お茶の水女子大学』出身の女性レーサーだ。
彼女の、プロのボートレーサーとしての初戦は17年11月9日、強風で水面の荒れた東京平和島だったが、先輩レーサー達を相手に6艇中、5着同着。ビリを免れた、なかなかなスタートだ。
昨年2017年の11月9日デビューしたばかりの期待の新星で、東京支部に所属している。
中村さんは小学生の頃に江戸川競艇場のレースを見たとき、母親に「ママ、私、大人になったら、ああいう人になりたい!」と話したそうだ。
母親は理解のある人で中村さんの夢を応援する言葉を返した。
その後競艇場に通うというようなことはなかったが、中村さんは『真剣勝負で1着をとること』に熱心になった。
中学、高校を優秀な成績を修めた彼女はそのまま『リケジョの聖地』と呼ばれるお茶の水女子大学の理学部へ進学した。
中村さんは周りに『競艇好き』を公言していたらしく、一般的に『華やかでお金持ちのお嬢様』というイメージを持たれている大学に、『競艇好きの女の子』が入ったのは面白いことだ。
そんな彼女の転機は、就職情報誌を見ていた大学の先輩に「競艇選手って女子でもなれるんだ!」と言われたことだった。
今まで競艇選手になるという発想がなかった中村さんは、その言葉をきっかけに競艇選手になることを決めた。
競艇選手になるための養成所の厳しい試験に合格し、見事卒業した中村さんの今後のレースに期待したい。
次の出走は『ボートレースチケットショップ土佐開設22周年記念』だ。
競艇選手になるためには?
競艇選手になるのには険しい道のりを乗り越えなければならない。
第1関門は、競艇選手の養成所の試験だ。
中村さんが受けた年の受験者は1,220人、合格者は男子20人、女子5人だった。
約50倍もの倍率を突破してはじめて競艇選手への入り口は開かれる。
養成所での生活も過酷なものだ。
髪型は男子は坊主、女子はショートカットと決められ、携帯やスマホなどはすべて持ち込みが禁止となっている。
外部との連絡は週に1回許された公衆電話からの電話か、手紙のみだ。
そんな環境で中村さんが一番厳しいと感じたのは『時間厳守』だったという。
「起床6時は何でもないんですが、6時を1秒過ぎても、1秒早めてもダメという『全てを秒単位で行動する』という時間感覚が、最初は大変でした。レースは0コンマ0何秒の差で勝ち負けを競うんですから、今は当然な気もします」
競艇選手は厳しい試練を乗り越えたものだけがなることができる職業だ。
もちろん競艇にはギャンブルという側面があるのは事実だ。
しかし、競艇選手は真剣にレースをしている姿に目を奪われるというのも、競艇の魅力のひとつだと言えるだろう。
参考:日経電子版